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08/07/04

モスクワの空港にて

ロシアがまだソ連だった頃、かの国の航空会社を利用してイタリアへと飛んだことがある。サービスと機内食に目を瞑れば、チケットが安いこと、早朝に現地入りできる(日本発ヨーロッパ行きの場合乗り継ぎのためモスクワで1泊するため)ことが魅力だった。

悪く言うつもりはないが、客観的に見て社会主義国の空港にはその国の状況が見えるように思う。15年前に見た北京の空港は、改装中だったのかもしれないが、パーティションの一部がベニヤ板だった。モスクワの空港は壁こそ強化ガラスで近代的な造りであったが、空港の中で明るいのはごく一部。その時間に使用されていないゲートの電気はことごとく消されていたのだ。壁がガラスであるせいで、自分たちのいるエリアの向こうに真っ暗な空間が広がっていることがわかってしまう。

暗さが迫る空港の中で、私たちと2,3のグループが待たされていた。乗り継ぎ便を待っていたのだか、何かの手続きのために待っていたのだか、今となっては覚えていない。待たされている人々の中、ひとりだけ小さな女の子がいた。退屈と眠さとで不機嫌になっていたらしく、ぐずり泣く4、5歳の女の子に両親は手を焼いていた。

なんとなく。なんとなく、思いつきで、私はメモ帳のページを破いた。十分な大きさではなかったし、色もグレーで可愛げもなかったけれど、とりあえず鶴を作って女の子の前に差し出した。目の前に差し出されたものがなんなのか?彼女はきょとんとして、そして泣くのをやめた。

女の子が泣き止んだことでホッとしたのか、その子の両親が話しかけてきた。どこへ行くのかとか、どこから来たのかとか、折り鶴のこととか、他愛のないことを。話の流れで、その女の子の名前を聞く。

「キミア」

同じ名前じゃないか。そんな偶然もあるのだと、暗い空港の中で呟いた。

※ CinemaItalia に 2003/01/13 に掲載した記事の再掲です。

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